粟田神社御鎮座壱千百五十年 式年大祭 並びに 記念式典が5月2日午後1時から粟田神社境内で開催され、地元である京都教会からも東教会長が参列しました。
同神社は平安時代、清和天皇貞観十八(876)年に創建し、今年は1150年の記念の年にあたります。式年は50年毎に大祭が行なわれてきたようで、八坂神社や知恩院など地元を代表される方々が多く参列されました。佐々貴敏道 宮司の祝詞奏上、玉串奉奠(たまぐしほうてん)の後、参列者代表の玉串奉奠と続き、東教会長も参列者の一人として玉串を奉り、拝礼を行ないました。



初夏を感じるような晴れやかな天候のもと、約1時間の式年大祭は厳粛に執り行われ、引き続き記念式典が開催されました。佐々貴宮司は挨拶の中で、創建当時は京都には飢饉や疫病や戦乱があったとされ、人々の救いを求めて作られた神社であったと、同神社の由来についてふれました。こうして創建1150年を迎えるにあたり、多くのご寄付を頂いたと感謝の意を述べながら、これからもご協力・ご協賛頂きたいと結びました。
粟田神社清々会の会長である佐竹力總氏(美濃吉10代当主)は、50年毎の大祭を無事開催出来たと、歴史を繋ぐことが出来たことへの感謝の言葉を述べました。
記念事業の報告には“手水舎(てみずや)”を新調したことなどがあり、境内に鍛冶神社(粟田口の刀工、三条小鍛冶宗近・粟田口藤四郎吉光と、作金者(かなだくみ)の祖である天目一箇神を祀る鍛冶の神様)があることから、独特な形で奉納出来たとしました。

午後3時からは境内の神楽殿において奉納狂言があり、「福の神」「粟田口」の2つの演目が披露されました。
夕方からは会場をウェスティン都ホテル京都 葵殿に変え祝賀会を開催、1150年の歴史の重みを皆で分かち合い、先人の功績を偲びながら同神社と地域の更なる発展を祈念しました。